月別アーカイブ: 2014年11月

私の恋は人違いから始まりました。

スマホアプリでゲームをするのが好きなのを知っている私に、甥っ子がコイン欲しさに招待メールを送ってきました。
よしよし、コインをあげるよ、とメールからサイトへ入りました。
会員登録を済ませ、サイト内を彷徨っているとゲームが沢山ある事に気付きました。
ゲームするためにアバターを作成。
適当なニックネームを付けCMでも流れているゲームを開きました。
それはチーム戦になっていて一人でも楽しめるけど、チームなら尚更楽しめるゲームらしいです。
チーム勧誘を覗いていると甥っ子の名前を見つけました。
よし、ここにしよう、と登録を済ませ
遊んでいるとメールが来ました。
甥っ子から、登録のお礼と力を合わせて頑張りましょうとのコメント。
頑張るよ、と返信。
それからチームの為に時間の許す限り得点を稼ぎました。
一週間単位で順位が決まるシステム。
チーム内でも得点を上げれば順位が上がるのが楽しくて、いつの間にかはまっていきました。
時々甥っ子もメールをくれて、いつも尽力ありがとうございます。次週も頑張ります、なんて内容。
はーい、頑張ったね、私も頑張るよ、と返信。高得点取れた時には自慢げに報告なんかして。
すごいですね、とお褒めのお言葉。
そんなこんなで何ヶ月か過ぎました。
甥っ子とは離れて暮らしているので会うのはお正月や夏休みくらい。こんな交流出来て嬉しいな、と思っていました。
でもある日気付いたんです。
何故に丁寧語なんだろう。
関西人だから、関西弁になってもおかしくないし、いつも私に丁寧語なんか使わないはず。
嫌な汗が流れて、姉に遠回しに甥っ子のゲーム内のニックネームを聞き出しました。
そうです。本名でやる人なんかいませんよね。
見ず知らずの人に、馴れ馴れしく何ヶ月もメールしてたんです私。
指どりも重く、甥っ子と思い込んでいた人へ謝罪メールを送りました。
事の次第を説明して何度もすみません、失礼してすみません、と書いて送りました。
暫くして返信が。
そこには、いつもの丁寧語で「気になさらないで下さい。嫌な気持ちになんてなっていませんでしたよ。楽しくメールさせて貰ってました。これも何かの縁だと思います。これからもメールしませんか」と。
なんて優しい人なんだろうと安心したのと同時に興味が湧いて来ました。
これから先は少しプライベートな事のメールのやり取りが始まりました。
年齢は3歳上で会社員だという事がわかりました。毎日暇してるんです、と。
ゲームチームのオフ会をしようと提案されています。そういう事は初めてなので緊張しますが、とても楽しみです。

私の主人がもう1人いれば

ちょっと気持ち悪い発想なのですが、「私の主人のような人がもう1人いたら、私のある1人の友達や
主人のお姉さんも結婚出来るのに…」と思う事があるのです。友達ならまだしも、主人のお姉さんとなると
姉弟の結婚になるので、かなり危険な発想です。でも、「主人のような人」という意味なので、一応
大丈夫です。友達に関しては、ついつい「私とあなたが結婚していなかったら、私の友達と結婚したら
合いそうなのに」と主人に言ってしまい、かなり引かれた事はありました。
 主人はどういう人かと言うと、まあざっくばらんに言うと「ずれている人」です。私と主人が初めて出会った頃、
私は拒食症でした。真っ只中でした。でも社会から外れたくなかったので、普通に正社員として仕事に毎日行って
いました。でも、ギリギリな状態だったのは確かです。主人も「ギリギリっぽい人」というのは気付いたようですが、
それから何をどう思ったのか「頑張っている人なんだな」と思い、私に興味を持ったようでした。
 だからと言って主人がとても頼り甲斐がある男性かと言えば全然そんな事はありません。まあしっかりしている面も
ありますが、姉弟の弟ですし、「俺に付いて来い」タイプでは決してありません。なのに、「自分が救ってあげたい」と
思ったようです。
 私は拒食症になる前はそれなりに男の人から声をかけられる事も普通にありました。でも、病気になってからは、
その「ギリギリ感」が全面に出ていたのか、声をかけられる事もいっさい無くなりました。段々年頃になっていましたし、
まず自分の身体を治すのが先だと分かっていながらも、内心凄く焦っていました。
 そんな時に現れた主人は確かに私にとって救世主だったのでしょう。結婚し、子供が産まれて、母親になるにつれて、
私の病気は完治していったと思います。
 私の友達も、主人のお姉さんも、メンタルの病気です。きちんと病院にも通っていますが、なかなか良い方向に
向かって行きません。自分も同じようにメンタルの病気を経験しているので、その治療がいかに難しいか知っています。
 お姉さんの本音は知りませんが、友達は結婚を望んでいます。「両親ではなく、自分のパートナーとして自分を理解してくれる
人が見付かれば、快方に向うのではないか?」と私は思うのです。だからと言って、最初からメンタルな病気をかかえている
人と恋愛したり、結婚したりしようと思う奇特な男性は少ないのかもしれません。なので、「私の主人がもう1人いればな」と
時々思ってしまうのです。

恋愛と結婚は別かもしれませんが

 大学生の時に、両親よりも年上の人とおつきあいをしていました。当時、私はアルバイトで美術のモデルをしていました。おもに大学や、カルチャースクールの絵画教室に派遣されるのですが、画家が個人的にモデルを使うこともめずらしくありません。彼とは、画家とモデルとして知り合いました。いつごろから、男女の関係になったのか、もう覚えていません。私は人生のうちで、「恋愛」をしたのはあのとき、あの人だけです。ただ、そういう関係になった人はほかにもいるのですが、私にとって、あの体験こそが、最初で最後の恋愛でした。しかし、彼は私のことは少しも好きではありませんでした。もちろん、嫌いではなかったのでしょう。けれど、LOVEではなかったのです。
 彼は既婚者でしたが、私と奥様のほかにも、彼女がいました。中でも、一番長い人は十年ほどの仲だったようです。彼女もモデルでした。しかし、また別にいるのです。ただ、その人は、すでに、こ私が彼と知り合ったときは、この世の人ではありませんでした。
 その女性を描いたとおもわれる油絵や、パステル画を数点、彼の作業場で見たことはあります。どれも、長い髪と、細い首、なで肩が印象的です。そういえば、私も、現在の本命の彼女も痩せています。絵のモデルは、ファッションモデルとちがい、本来は豊満な体つきが重宝される世界ですから。今、おもうと、きっと彼が事務所に「骨や筋がはっきりみえるモデルを派遣してほしい」とでも注文をつけたのだとおもいます。それは別にかまわないのですが。作品になった私は、私ではありませんでした。ポーズも、骨格も確かにそのとおりです。けれども、顔だけいつも、その幻の女性にすりかわっていました。
 そして、「好きな人ができたら、いつでも別れるから」とか「結婚がきまれば、すぐに出て行ってもいいよ」といわれていました。 私は、彼を奥様と別れさせてまで結婚するつもりはありません。だけど、恋愛をしている限り、もう少し愛されたかったのです。

不倫にはまりかけた話

不倫に片足を突っ込んでいた?ことがあります。
あれはまだ学生の頃、当時何年も付き合って半同棲までした彼氏と別れてしまったときのことです。
彼氏のいた頃に参加した趣味のイベントで知り合った5つ年上の男性に、なんとなく「別れちゃったんです」と相談すると、「じゃあ、ご飯でも食べに行こうか」ということになり、それからしばしば遊びに連れて行ってもらいました。
そうこうするうちに、わたしは彼に惹かれはじめていました。
ただでさえ趣味が合う上に、学校の中で目にする男の子たちよりずっと大人で、わたしの話をウンウンと聞いてくれたり、ときには厳しい意見をくれたりするのが新鮮だったのです。
夜、元彼と暮らしていたアパートの前まで送ってくれて、「それじゃあ、またね」と言って帰ろうとする彼を何度も引き止めました。
話を無駄に引き伸ばし、次の予定を取り付け…今考えると駆け引きも何もない稚拙な好意のアピールでした。
彼は困った顔をしながらも数時間付き合ってくれてから帰って行くというのがいつものパターンになったころ、とうとうわたしは彼に告白してみました。
元彼と別れたばかりで、恋愛が怖くなっていたわたし。
「付き合ってください」とは言えなくて、「好きです」と言ったのです。
すると、いつもニコニコ笑っていた彼が急に覚めた顔をして、その日は早々に帰ってしまったのです。
その日の深夜、彼から来たメールには、彼は結婚していること、でもわたしの気持ちを嬉しく思っていること、そして、彼自身もわたしのことを好きなのだが、それはいけないことだからもう会えないという旨が書かれていました。
全て、ものすごくショックでした。
思い返せば彼には独特の落ち着きや余裕がありました。
もうすでに奥さんがいたから出せたものだったのでしょう。
あのときはとても辛かったですが、わたしも結婚した今となっては、彼がまともな人であそこで引き返すように勧めてくれて本当によかったと思います。